有田・磁器の始まりを訪ねて

佐賀・長崎 やきものの産地を訪ねる|第1話
普段使っているお茶碗やお皿。どこで、どんなふうに作られているのか、意外と知らないことも多いですよね。
フォルムでも焼き物を扱っていることから、以前から産地を訪ねてみたいと思っていました。
そこで向かったのが、佐賀県の有田、そして長崎県の波佐見です。
窯元や焼き物にゆかりのある場所を巡り、実際に見たものや伺った話、そこで感じたことを、全3話に分けてお届けします。
日本の磁器づくりの始まり、有田へ
佐賀県有田町は、日本の磁器づくりの歴史を語るうえで欠かせない場所です。
その歴史は、およそ400年前、17世紀初頭にさかのぼります。
当時、朝鮮半島から渡ってきた陶工たちの技術によって、肥前(ひぜん・現在の佐賀県と長崎県の大部分)では焼き物づくりが発展していきました。
そのなかで、日本の磁器の始まりに深く関わった人物として知られているのが、李参平(り・さんぺい)です。
李参平は、有田で磁器の原料となる陶石を発見した人物として伝えられ、現在も陶祖として大切にされています。
泉山磁石場で見た、焼き物の原点
有田で訪ねた場所の一つが、泉山磁石場(いずみやまじせきば)です。
ここは、磁器の原料となる陶石が採掘されてきた場所。
目の前に広がる大きな岩肌は、間近で見ると迫力がありました。
泉山磁石場が、有田の磁器づくりを長く支えてきた場所なのだと、現地で知りました。
器の背景に触れて
焼き物の産地を訪ねる前は、器の形や色、使いやすさに目が向くことが多かったように思います。
今回、かつて陶石が採掘されていた場所を訪ね、町を歩いてみて、普段使っている器ができるまでには、いくつもの工程や人の手が関わっているのだと感じました。
有田を歩き、磁器づくりの原料となる陶石や採掘跡を見て、普段使っている器について改めて考えるきっかけになりました。
第2話では、長崎県波佐見町を訪ねたときのことをご紹介します。
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第3話|志田焼の里博物館で、昔のものづくりに触れる(準備中)
この記事は、2015年11月に訪ねた際の記録をもとにまとめています。施設や現地の様子などは、現在と異なる場合があります。